― 元ファッションデザイナーの視点から ―
着物というと、華やかなものを想像する人が多い。
金糸や刺繍、鮮やかな色。
お祝いの日に着る、豪華な着物。
けれど、江戸の町人の着物は少し違っていた。
むしろ驚くほど静かだ。
黒。
藍。
鼠。
遠くから見ると、ほとんど無地に見える。
最初に江戸の町人の着物を見たとき、
私は少し不思議に思った。
「どうしてこんなに地味なのだろう。」
ファッションの世界では、
人は少しでも目立とうとする。
色で目を引く。
形で驚かせる。
装飾で華やかにする。
けれど江戸の町人たちは
まるで逆の方向に向かっていた。
目立たない。
静か。
控えめ。
ところが近づいてみると、
その理由が少しずつ見えてくる。
袖をそっとめくると、
そこに大胆な柄がある。
波。
龍。
雲。
ときには物語のような風景。
外からはまったく見えない。
でも確かにそこにある。
つまり江戸の人たちは
見せびらかすおしゃれではなく
自分のためのおしゃれ
を楽しんでいた。
人に見せるためではなく、
自分の気持ちを整えるための美意識。
それが江戸の「粋」だった。
派手ではない。
けれどカッコいい。
静かだけれど、芯がある。
この感覚は、
ファッションの世界でもとても難しい。
派手にするのは簡単だ。
装飾を増やせばいい。
でも静かな美しさを作るのは
ずっと難しい。
だから江戸の粋は
とても洗練された美意識だったのだと思う。
不思議なことに、
今の若い人のファッションにも
少し似た感覚がある。
モノトーン。
シンプル。
オーバーサイズ。
「かわいい」より
「クール」。
江戸の町人もまた
「カッコよさ」を大切にしていた。
時代は違っても、
美意識はどこかでつながっている。
もしかすると江戸の粋は
遠い昔の文化ではなく
今も静かに流れている
日本人の感覚
なのかもしれない。
